« さがみ八撰も梅雨 | メイン | 圏央道開通 »

2014年6月29日 (日)

映画感想文「ぼくたちの家族」

Photo_2 久しぶりに、映画の感想文など。邦画は年に1~2本しか見ませんが、石井監督は、新作が掛かれば見たいと思う、数少ない日本人監督です。


 石井裕也監督が描く家族の風景が好きだ。日本アカデミー賞の作品賞を受賞した前作を見ていないので、それより前の少しマイナーな香りのする作品と対比することになるけれど、初期作品の、ビッグネーム役者をほとんど使わずに、実に味わい深い等身大日本人を描くスタイルとセンスは、今回も少しも変わらず発揮され、期待を裏切られなかった。 物語の舞台設定や、登場人物像の演出などが、どこにでもいる感、近親感に溢れていて、随所で深い共感を抱かせるところは小憎らしいくらいだ。

  首都圏から離れた地方都市に住む若菜夫妻の年齢は50歳代後半といった設定だろうか。既に結婚して家庭を持った長男夫婦が、第1子を授かったというめでたいエポックに前後して、妻に異変が起きる。あろうことか、妻であり母である家族唯一の女が、いきなり余命1週間の宣告を受けるというせっぱ詰まった状況に陥るのだ。いい歳してあまり頼りにならない父、かつて引きこもっていたというちょっと気弱だが頑張りやの長男、調子が良いが、やたらに現実的な大学生の次男という男三人と、脳障害のせいで、やけに子供っぽく純になっていく母。四人の数日間を描く中で、崩壊間際だった家族のかたちがどのように変化していくのかを、とても暖かい目線で見つめていく。

 舞台設定や人物の演出がスーパー平凡且つリアルに徹しているから、観客の目には自身の状況や感情が重なるところが必ずあるはずだ。どの人物に共感するか。自分自身を投影するのか。あるいは半歩引いて、隣人のような目線で見守って行くのか。感じ方味わい方は性別や年齢によって人それぞれだと思うが、この若菜家の姿は、戦後から高度成長、そしてバブル経済の時代に上ばかりを見ていた昭和家族像とはひと味違う、既に20年以上経過した平成日本の価値観や現実がとても上手に投影されているという点で観客全員に異存はあるまい。

  個人的に一番「やられた!」感を強く持ったのが、入院中の母玲子が他の家族三人を前にして、心情を次男俊平に語り出すシークエンスだ。夫克明や長男浩介のことを見分けられなくなっていた玲子は、家庭を持ってから今までの心の内を家族の前でさらけだす。「お父さんと浩介がここにいないから言っちゃうけどね~」という言葉に続 いて語られる内容は、昭和~平成と時代に沿って生きた中流日本人の妻・母たちの公約数的な心情ではなかろうか。その言葉を前に、何も言わずにうつむく夫と長男の姿から漂ってくる、ある種の後ろめたさを嗅ぎ取ることは容易であろう。

 そして、 もう一組の夫婦、長男浩介と深雪。夫は、両親の家計が既に破綻している事実を身重の妻に打ち明ける。このときの若妻のリアクションと、その後の演出には舌 を巻いた。自らを「みゆき」と名前で呼ばせ、自己中心の小さな世界観を唯一絶対視している妻。一番大切な日は?と聞いたら、自分の誕生日と答えるタイプ じゃなかろうか。当然舅夫婦への援助を拒絶。その状況を受け入れざるを得なく、実家の危機との板挟みでもがく長男。これまた平成日本で家庭を持った男の立場と価値観とを見事に描いて見せる。あるあるある・・・と心の中でつぶやくことしきりである。

  後半は、危機に立ち向かい奮闘する息子二人を中心に語られる。家族の難病と同時に、家計の危機というこれまた現代的な難題を前して、一歩一歩前に進んでゆく様にも強く共感を抱く。困難を共有し、解決に向かって力を合わせる行為が、人と人の結束を強くするという解説は、社会心理学で取り上げられることが多いが、 この兄弟の頑張りはまさにそれ。物語の最初とは明らかに変わってきて、成長の跡が見て取れる兄弟。二人が終盤に向けて下して行くいくつかの決断と、それに伴う行動を、本人の口で語らせないスタイルも日本人男子のメンタリティーに配慮した演出であろう。 そして、困難克服の過程が、大人へ向かうときに通るべきイニシエーションだと考えれば、息子二人に加え、イマイチ大人になりきれていなかったような父親の、遅すぎる脱皮への機会だったと捉えられるかもしれない。

  玲子の手術後、待合いの通路で肩を組んで喜び合いすすり泣く父と息子を写すカメラは、最後まで彼らに近づかずに、やや引きの構図を保つ。仕事をなし終えた男の涙を、顔ごとクローズアップで撮るといった無粋を避けた演出が心憎い。嫁みゆきと姑が顔を合わせる大団円も、ことさら感動を強調することなくさらりと描く。後味の良さが際だつラストも秀逸である。次回作にも期待大。

2014/5/28 109シネマズグランベリーモールにて

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

フォトアルバム
Powered by Six Apart

風林堂サイト

Facebook

Analytics

  • Analytics

手焼きせんべい処相模原風林堂のおせんべい日記

サイト内検索