悲しみが乾くまで
THINGS WE LOST IN THE FIRE 「私たちが炎の中で失ったもの」という名の作品、邦題はストーリー全体に流れるテーマを意味していますが、原題は作品内で語られる、とても感動 を呼ぶワンシーンから象徴的に選ばれていますので、その違いがちょっと複雑です。
突然夫を失ったことで、それまでの幸せな生活が一変し、幼い子供と3人で悲しみに立ち向かってゆかねばならない美貌の未亡人。 死んだ夫の親友で、心なら ずも麻薬中毒患者となり、再生を志す元弁護士の男。 それぞれの複雑な思いを持ちながら始めた共同生活。 こんな境遇の二人が恋に落ちたりしたら、ただの チープなメロドラマと化してしまうところですが、さにあらず。 その課程で描かれる深い人間ドラマは、脚本、演出、出演者、きわめて上質です。
登場人物は少なく、オードリー(ハル・ベリー)、ジェリー(ベニチオ・デル・トロ)の主役二人、その他、夫役のデヴィッド・ドゥカヴニーや子役達など10 人に満たないかもしれません。それ故に、それぞれの人物像やこころの動きなどを丹念に作り込み、決して大袈裟ではないドラマが、深い味わいの作品に仕上 がっていると思います。
特にアカデミー俳優主役二人の役作りは見事です。 夫の死後、子供の前で気丈に振る舞いながらも時折見せる女の弱さ。、亡き夫の親友ながら敗北者であるジェリーとの微妙な関係に、お互いが抱く揺れ動く思 いとその変化、距離感の移り変わりなどを、とてもうまく表現しています。 また、一旦立ち直ったかに見えたジェリーが、再び麻薬に手を出し、禁断症状に苦 しむ様は、まさに鬼気迫る演技です。
しかし、それらを本物に仕上げているのは、以前、「アフター・ウエディング」という作品で出会ったデンマーク人女性監督 スサンネ・ビア、今回がハリウッド初進出作品だそうですが、その手腕は見事です。 とても微妙で、難しい状況設定のドラマを巧みに映像化し、決して多くはないセ リフと、眼差しのクローズアップを多用した独特の作画は上品で、静かな感動に満ちています。
先への希望が感じられるエンディングのすがすがしさも相まって、大人の鑑賞に堪える良作だと思います。
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