2007年9月13日 (木)

消えゆく写真屋さんその2

P1000016 その日は、前日までに受け付けたDPEを受け取りにこられるお客様がちらほら見受けられましたが、店に顔を出す大半は常連客で、口々に閉店を惜しむ声と、長年の営業期間へのねぎらいの言葉を、ご主人にかけていらっしゃいました。
中には、きれいな花束を持参された女性客もいらっしゃり、普段は額に入った写真以外にはあまり飾り気のない店内も、ぐっと華やいだ雰囲気になりました。

↑西日を浴びて記念写真。中央が店主井上さん。

日も落ちかかった頃、三々五々集まってきた常連客のなかに、本日の仕切り役の方がいて、閉店後に「ご苦労さんパーティー」の段取りを骨折っていただいたようです。 店内の什器を片付け、出前の料理などを並べると、ちょっとした宴会場に早変わり。 十数人の参加者は、それぞれ気心の知れた同士で、昔話や、写真談義などに花を咲かせているようでした。P1000021

右より石山氏、私、石崎氏、塩屋夫人、清水君→

私にとっては、右の写真の石崎、石山両氏には、学生の頃とても懇意にさせていただき、且つお世話になっていたので、十数年ぶりにお目にかかれ、楽しいひとときでした。(お二人は当時、会社の上司部下の関係だったそうです。)

異色だったのは、右の写真の女性、塩屋夫人。私は初にお目にかかったのですが、 最近話題の、実話に基づいた映画「0からの風」でメガホンをとられた、映画監督で俳優の塩屋俊氏の奥様です。 この日も、「0からの~」制作の裏話などをご披露くださり、興味深く拝聴しました。

宴の最後には、小さなくす玉まで用意され、井上ご夫妻が割り、ご主人のごあいさつで幕を閉じました。 


写真の媒体は、撮影・プリント共にフィルムからデジタルにだんだん移行していて、その流れは戻らないでしょうから、所謂「まちの写真屋さん」という営業形態は減少の一方だと思われます。 技術革新のおかげで、すそ野が広がってはくる反面、旧来型の資産が失われていく現象は、あちこちで見られます。 歴史の節々で繰り返されてきたことではあると思いますが、「イノウエフォート」の閉店に立ち会い、そのヒトコマを垣間見た思いがします。



 

2007年9月 9日 (日)

消えゆく写真屋さん。

P1000005 もう20年以上前のことですが、学生時代川崎市多摩区のアパートで、一人暮らしをしていた頃、趣味で始めたばかりの写真の現像を、アパートの近所にオープンしたDPEのお店にお願いしていました。 「イノウエフォート」というその写真店は、気のいいご主人が一人で切り盛りする、ちいさなお店でしたが、いつしか私はその店に入り浸るようになり、定休日以外はほとんど毎日、おじゃましていました。 今考えると、店の営業にはとっても迷惑だったかなと反省していますが、ご主人の井上さんは、いやな顔一つせず、いつも歓迎してくれたばかりか、貧乏学生だった私のプリント代をツケにしてくれたり、食事をおごってくれたりと、いろいろお世話になりました。
 写真好きのお客が集まるお店なので、趣味を同じくする、自分よりずっと先輩のお客の皆さんと親しくさせていただいたり、ご主人の友人のプロカメラマンとも顔見知りになり、スタジオで撮影助手としてアルバイトさせてもらったりと、それは貴重な時間を過ごし、且つ得難い経験もさせていただいたものでした。 
P1000008
当時あった店の前の工場は、いつしか高層マンションに→

 今年の4月頃、ずいぶんご無沙汰していたご主人より電話をもらい、お店を閉じることになったと、知らせていただきました。
卒業後も、機会を見つけては時々おじゃましてはいましたが、何といっても、様々な出会いがあり、色々な経験をし、濃密な時間を過ごした、学生時代の4年間の思い出が沢山詰まったお店がなくなってしまう寂しさで、閉店日の5月20日には、とりあえずおじゃましてみることにしました。

 数年ぶりに訪れた多摩区中野島、周りの景色は全く別の街に来たように変わってしまい、20数年前の田舎町が、ニュータウンの様相になっていましたが、「イノウエフォート」は当時のまま南武線の線路脇で、電車が通ると少し揺れ、年はとったけれど、相変わらず元気な笑顔のご主人が迎えてくれました。  私がおじゃました時間には、懐かしい旧い顔見知りの方々が既に集まっていて、昔よく座っていた同じ場所に腰を下ろすと、20数年前がよみがえって来るようでした。

P1000007
←駅横の踏切から、立川方面の景色。スギナの群生がローカル色を醸す。左には梨園。

今思い返してみると、はじめは別のお店に通っていた私は、ある日から「イノウエフォート」に鞍替えしたのです。理由はというと、DPEでは、必ず受付袋に名前を書いてもらいますが、以前通っていた店は、数回大量の現像依頼をしても、その度に名前を聞かれ、やる気のない店だなとがっかりしていたところに、後から開店した井上さんは2度目で覚えてくれましたので、この店は接客の基本がわかっているなと、当時の幼稚な頭で考え、お付き合いさせていただくようになったのですが、まさか、閉店まで、立ち会うことになるとは、夢にも思っていませんでした。

To be continued


2007年9月 6日 (木)

おせんべい作り 仕込み編

 強い台風9号が、静岡県~関東地方に接近する模様で、だんだん風雨が強まってきています。 恵みの水をもたらしてくれる台風ですが、雨風があまりに強いと、災害が心配され、農村部では、農作物への悪影響が、都市では、社会機能への厳しい結果に繋がりかねませんので、お手柔らかにお願いしたいものです。 既に交通機関には、色々影響も出ているようですので、明朝の通勤通学の足も心配されます。 私の息子の通う私立の中学校は、早々、明日午前中の授業を行わないことにしたようですが、電車通学の生徒のほうが多いので、そうせざるを得ないのでしょう。 台風退散 渇!! 


 今日は、風林堂の定休日でしたが、製造業でもあるおせんべいやは、製造の当日以前にも、準備が必要となりますので、休日の最後には、明日の仕事の仕込が待っています。 主なものは、おせんべい生地を焼ける状態にする作業ですが、つける醤油たれを補充するための仕込などもあります。 1

  今日は、生地の仕込みについて触れてみようと思います。生地作りの業者さんから送られてくるおせんべい生地は、そのままではおいしくは焼けません。焼く前に、そこそこの温度で加熱し、含まれている水分を取り除き、仕上がりの状態に合わせた按配にしてやる必要があります。 これを2次乾燥、「ほいろをとる」といいます。 

金網の筒に入った生地。これから7~80℃で乾燥されます。↑

和菓子の工程でも、作るお菓子の種類によっては、オーブンの余熱を使ったり、専用の「むろ」といわれる道具などで、同じような作業をすると聞いたことがあります。おせんべいの場合には、主に熱源にガスを使った、「回転式ほいろ」という機械をつかい、この作業を行います。

2←回転ほいろ。衛星ほいろとも・・

上の写真のような、金網製の筒に、おせんべいの生地を入れ、数十分から数時間の間、ゆっくり時間をかけて暖めてゆきます。 この時間と温度の調整が、焼き上がりに大きく影響してきますので、神経を使うところです。 生地の仕上がり具合、厚さや大きさ、保存状態、時期なりの湿度や気温等等、影響を受ける要素はたくさんあります。  熟練とまではいいませんが、それなりの経験がものを言う作業なので、頭の中のHDDが錆付くと、困ったことになるかもしれませんね。 こうした下準備を終えて、初めて焼きの作業にかかれるわけです。 またの機会には、次の工程のお話を。 

2007年9月 2日 (日)

新型機械導入顛末

P1000093 おせんべいは、1枚ずつ個包装されているのを、よくご覧になると思いますが、湿気をきらう商品ですので、開封後も安心して召し上がれるように、あるいは、複数名で分けて召し上がるにも、こうしたほうが便利ですよね。 風林堂でも、自動で包装する機械を、かなり以前から使っていますが、さすがに老朽化して、いろいろ不具合が出てきたので、このたび新型を導入することになりました。
←20年以上使ってきた旧自動包装機。

P1000097  春先に、食品関係機械の展示会で商談をまとめ、導入したのが、日本ポリスターという専門メーカーの、小型自動包装機です。
別メーカーで導入した旧型よりかなり小さく、もちろん高性能化されていて、これからの仕事が省力化されることが期待されます。
←店頭に着いた機械をクレーンで降ろします。


P1000129_3  風林堂の建物は細長く、正面に店舗があり、その後ろ側、建物全体の8割くらいを工場が占めています。 その工場に、機械を搬入するのですが、小さくなったとはいえ、幅1.5m長さ5mあまりの金属の塊を入れるにはちよっとした技を使わねばなりません。
風林堂の工場には、専用搬入口がないのです。

←店舗内、普段の景色。


P1000096 上の写真と比べていただくと一目瞭然なのですが、風林堂の店舗には、秘密の隠し扉があったのでした。 普段は、写真額の裏側に隠れていますが、いざというとき(この日がそうだったのです)には、間口1軒以上の開口部が現れ、かなりの大きさのモノが出し入れできるのでした。 ( ̄^ ̄)えっへん

←奥に工場設備がちらっと見えます。


P1000115 搬入から据付、旧型の搬出まで、およそ2時間。
その後、使い方のレクチャーを、担当の営業マンから受けて、やっと終わったのが、午後4時過ぎ。
こんなわけで、店舗からの搬入作業を行うということは、必然的にお店の休みの日に行わざるをえないので、私の休日は、今週はキャンセルということになってしまいました。(涙)

←無事収まった新型包装機。賞味期限日付印字も自動でできます。

 これからだんだん涼しくなり、少しずつ生産量も増えてきます。そしてピークの年末年始など忙しい時期に威力を発揮して、深夜残業から少しでも解放されることが期待できれば、ありがたいです。

2007年8月29日 (水)

恐怖の写真!!

Gulliver1
時々仕事やプライベート通る国道の脇にあるロードサイド店で、妙なものを発見しました。
中央の柱に、人の顔のようなものが写っています。

信号待ちの間に、いつも携行しているD-Snapで撮りました。
車窓からの撮影なのと、夜間なのでぶれていますが、いかがでしょうか?

Gulliver2
←拡大してみました。

まだまだ暑く寝苦しい夜に、少しは涼気を差し上げられたでしょうか?・・・(笑)

あるいは、M78星雲からいらっしゃった一族の顔に見えないこともないかも・・。 だとしたら、地球に危機が迫っているのか・・。




2007年8月24日 (金)

精鋭の明るい末路!? 

ことのほか厳しい残暑の中、風林堂の夏休みも終わりました。 ゆっくり骨休めと思っていた久しぶりの連休でしたが、普段できない仕事の処理などに費やし、希望通りとはいきませんでした。残念!  そんな休みの終盤に、以前店舗を構えていた小田急相模原サウザンロード商店街の旧友と、久々に集まりました。

Photo  メンバーは、同商店街のWebサイトを、企画・作成・運用と数年にわたり共に携わり、頑張ったIT担当委員のみんなです。
私が、商店街を離れ、3年が経過しましたが、その後、諸事情で、発足当時15人ほどいたメンバーも、今や半分になってしまい、精鋭部隊の存続も風前の灯のようです。とはいえ、もともと気の合った仲間同士なので、商店街のオフィシャルな活動の他に、自発的に旅行を企画したり、春は花見、夏はBBQ、何もないときは
居酒屋でと何かと理由をつけてはよく集まっていましたので、その流れで、今でも時々私も参加させてもらっているのです。

↑メンバー 前列左より私、横浜を中心に数店のブティックを展開するナリッシュ岩田氏、ネット販売絶好調宝石のジュエル司馬氏、後列左、商店街のサイト製作運営一手に引き受ける達人、美容室ジュネス加藤氏、ナイスガイのアルファ接骨院オーナー医院長富吉氏。現部会長は、体調不良で残念ながら欠席。

商店街の街路に、動画用Webカメラを設置したり、サイトの作成運用を内部の人材で行い、当時としては、先端をいっていたWebサイトでしたので、何かと、注目を集めたこともありました。
これからも頑張ってもらいたいと思っています。


これとは別に、所謂、駅前商店街の衰退、中心市街地の空洞化というテーマが、都市問題としてよく取り上げられますが、オダサガ(地元ではこう呼びます。)駅前商店街も、同じ問題を抱えています。 シャッターが閉まったままの店がだんだん増えてきて、商店街組織への加盟率は右肩下がり、将来への明るい展望はあまりありません。 ところが、ここに集まったメンバーを中心とするグループのみんなは、それぞれ工夫を凝らし、業績を伸ばしています。 異業種が一つのテーマで集まって、アドバイザーの指導を受けたり、お互いの情報を交換したり、さらには切磋琢磨することで、それぞれが成長してゆくことができた、よき見本ではないでしょうか。 

2007年8月19日 (日)

おせんべいのモト2

 風林堂は。本日より23日まで夏休みになりました。 夏休みといっても、完全休養の日はあまりなく、前半は、普段できない工場内の機械のメンテナンスや、事務処理などで費やし、最終日には、仕事再開の「しこみ」作業がありますので、お休みは正味3日と言ったところでしょうか。
今年は旧盆のころ、35℃以上の猛烈な暑さの日が続いたので、火を使わないで済むだけ、ありがたいですが・・。


 

7/20日の投稿に続き、おせんべいの生地について書いてみようと思います。
おせんべい生地は、100%米が原材料なので、その性質は米に含まれるでんぷんの特性をうまく利用したものです。 でんぷんにはアミロースとアミロペクチンという2種類があります。 おせんべいになるうるち米にはアミロースが20% アミロペクチンが80%の割合で含まれます。 一方、お餅として生で食べたり、おかき・あられの生地になる糯米(もちごめ)はほとんどがアミロペクチンです。Amylose

 生のでんぷんは、そのままでは食べられません(消化されません)が、加水・加熱することでその性質がかわり、膨張し粘りがでて、味・香りともによくなり、食べられるようになります。これを糊化(こか)またはα化(アルファか)といいます。 生の米をお釜で炊くことでご飯として食べられるようになるのもこの原理です。

 一旦α化したでんぷんも、そのまま放置すると、もとのでんぷんの構造に戻ってしまい、固くなったり味が落ちたりします。 これをでんぷんの老化といいます。室温で放置したご飯、お団子や餅が固くなったり味落ちてくるのはこのためですね。
最近は、食品の保存に色々な技術が導入され、この老化を抑えることで、寿命を長くすることが可能となってきていますが、食物の廃棄を少なくし、大切に扱うという意味では、ありがたいことですね。Photo

←生地の型抜き作業 

おせんべいの生地は、米を製粉し、加水・加熱しながら練ることで、お団子状態になります。ここで、米のでんぷんのα化が起きるわけです。 この状態で薄く伸ばし、型抜きを行いほぼ形となります。 この後、温風乾燥することで固いガラス状の生地になります。 こうして、でんぷんの老化が起きる前に、冷却、乾燥を繰り返し、最終的には水分を15%以下程度まで落とします。これで、α化した状態を保つことができ、ある程度長期間の保存が可能となるわけです。

米を製粉、蒸練するかわりに、炊いたご飯をつぶして伸ばしても、生地を作ることはできます。
あと、2週間あまり残った夏休みの自由研究で、おせんべい作りに挑戦してみてはいかがでしょうか?

2007年8月15日 (水)

仕事の道具「FreeHand」

 今日の気温予想は、関東地方で35℃以上のこの夏3度目の猛暑日だそうです。
盆休みもそろそろ終わりに近づき、立秋は過ぎていますが、夏の勢いは衰えませんね。 

 今日は、私の仕事に使う道具を紹介させて頂きます。 仕事の道具といっても、おせんべい作りのものではなく、パソコン用のアプリケーションです。 おせんべいの表面にイラストや文字をプリントできる「ぷりんたぶるせんべい」には、そのデザインをお客様からご指定いただくことがほとんどなのですが、まれに、手書きのイメージを頂戴したり、お客さまのイメージをお伝えいただき、100%こちらでデザインするケースもあります。 その際のデザインや広告チラシなどの印刷用の原稿制作などに私が使っているのが、Macromedia社の「FreeHand」というアプリケーションです。

Freehand9
←FreeHand9.0の起動画面

同社は、Web用のオーサリングソフト、DirectorやFlash、HTMLエディターDreamWeaverで、有名ですが、ベクターグラフィックスソフトFreeHandはその歴史も長く、Adobe Illustratorと双璧を張っていました。 ただ、米国では、ユーザー数が2つのソフトで、ほぼ同じ数のシェアを持っていたようですが、日本ではIllustratorのユーザーが圧倒的に多く、FreeHandユーザーは、アマチュアレベルでは、ほとんど見かけません。 2005年頃、Adobe社が、Macrodedia社を買収したことにより、FreeHandはVer,11で新規開発を終了することになり、新しいバージョンは発表されないことになりました。 個人的にはとても残念ですが、私レベルのユーザーには、現在愛用しているVer,9でも十分すぎる機能なので、当分は使い続けるつもりです。 Freehand9
心配なのは、PCの環境が変わり、OSがアップグレードしたときに、対応されなくなることです。

インストールCDと、すり切れたマニュアル→

Adobe社のアプリケーションのインターフェイスが苦手な私は、FreeHandの直感的な使い勝手が手になじんでいますので、今後の乗り換えはとても億劫です。 しかし、救われるのはIlustratorには、解説書が山ほどあるので、以前のように本探しで苦労することは避けられそうです。

あのロングテール商法のAmazonで検索しても、FreeHandの解説本は数冊しかなく、それも、元々の販売元アルダス社が扱っていたVer,3時代も含めてなので、いかに日陰の身かが推し量られます(笑)Freehandtechniquemaster

←希少なマニュアル本

もともと、グラフィック系のソフトは、Mac用しかなかった時代が長く、FreeHandやIllustraterがWindowsに移植されたのはそんなに古い話ではありません。当時はWinユーザーには高機能グラフィックソフトの選択肢はほとんどなく、今は天国のようです。

わたしも、Ver,7からのユーザーなので、付き合ったのは後半のみですが、企業の思惑で老舗ソフトが消えてゆくのには、複雑な思いがあります。

●海外にはこんなサイトもfreehandsource.com

2007年8月12日 (日)

夏の風景in相模原

Sunflower←「夏の花」   by Panasonic D-Snap 

昨日の土曜日から、全国的に「夏休み!!」といった感じになってきたようですね。 飛行機・鉄道・高速道路と、すべての交通機関の下り線が混雑してきたとの報道を耳にします。

我が風林堂はというと、この週末から、工場の生産は夏休みに入りました。 ですが、お店とWebショップは当然お休みできません。 相模原からふるさとへ行かれるお客様、また、お盆供養の来客をお迎えになるお客様に、おいしいおせんべいをお届けしなければなりませんから。  工場従業員の皆さんには、旧盆のお休みをとっていただくので、こうして、時間差のあるスケジュールになるわけですね。

Ta_in_summer

←遠くにあるのが「でいらぼっち」が腰掛けたという大山   by Panasonic D-Snap

今日は、店を離れ、別の仕事で県内の平塚市方面に車で出かけましたが、帰り道、厚木市と相模原市・座間市を分ける相模川にかかる座架依橋の下に広がる田の一部に、ひまわりの群生を発見。 お隣の座間市は、あちこちにひまわり畑を作って、町おこしの観光資源として活用しているようです。 さすが夏の花、午後4時頃のやや傾きかけたとはいえ、強烈な夏の日差しにもへこたれず、凛として立っている姿には、思わず感動して、いつも持参しているちっこいカメラ、Panasonic D-Snapを取り出し、数枚撮影しました。

この場所は、1ヶ月に一度ほど通るのですが、遠くに見える丹沢山塊と、手前に広がる田んぼの風景との組み合わせがスキで、時々スナップを撮っていますが、時間的に、いつも逆光での撮影になるため、液晶画面がほとんど見えず、フレーミングや露出は眼を瞑っての「エイヤッ!」という山勘撮りのような程度なので、イメージ通りの出来映えはほとんどなく、いつもがっかりですが、今日は、まあまあの出来かなと思い、掲載しました。 日本人の心象風景にある、正しい夏のヒトコマではないでしょうか?

2007年8月 9日 (木)

おせんべいにイラスト・文字をプリント「ぷりんたぶるせんべい」記念乗車券編

去る4月、東京都交通局様から「ぷりんたぶるせんべい」製作の依頼がありました。 新型の都電車両9000型が5月に就航するのに合わせ、記念の1日乗車券を発行し、そこに、車両のイラストを印刷したおせんべいをつける企画とのことでした。Toden_ticket

東京都交通局のアナウンスはこちら


新型車両といっても、大正~昭和初期に運行され、当時東京市電と呼ばれていたころの車両を再現したもので、言わばレトロ調の外観です。

販売された、おせんべい付き記念乗車券→

電車マニアの皆さんには、細かく描かれた都電のイラストが結構好評だったようで、ネット上にいくつかの感想を発見しました。

Toden_2_4



←朝日新聞の掲載記事

切符が販売されたのは、都電の路線沿線の駅が主だったようですが、おせんべいの本場東京の中心で、「ぷりんたぶるせんべい」は、味もそれなりの評価をいただけたとのお話を都の担当者から伺い、これは私にとって、とてもうれしいことで、これからの自信になりました。

商品についての詳細は「ぷりんたぶるせんべい」のページから・・・。

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