四方山 Feed

2015年1月17日 (土)

大震災

今日1月17日は、20年前に阪神淡路大震災が起きた日です。朝から追悼や、防災意識を喚起する番組が多く放送されていますね。当時、テレビの生放送で伝えられる惨状を見ながら、言葉を失ったのを思い出します。4年前の東日本大震災は、津波の脅威を目の当たりにしましたが、関西の大都市直下で起きた大地震は、人が作り上げてきた頑丈な構造物が、一瞬で木っ端微塵に破壊されるという意味で、違った衝撃を受けたものでした。

どちらの災害も、地震国日本で暮らしていれば、自分自身に何時起きても不思議では無い訳で、こうした機会がある毎に、今現在平和に過ごしていられるのは、単なる偶然なのではなかろうかという、無常観さえ抱いてしまいます。加えて、被災された皆さんの、復興に向けた苦闘を伝え聞くと、もしこれが自分だったらと、その困難さを想像し身震いしてしまいます。

小規模事業を営む身は、ある日その基礎である製造設備などの資産が失われたら、すぐに生きる糧を失います。あるいは、取引先の多くが被災してしまったら。福島原発が陥りかけた危機、首都を含む広大な地域が核で汚染されたら。そして何より、自分の身体が痛んで働けなくなったら・・。 人知を超える大災害で被災したとき、その後復活への意欲が持てるのかどうか、自信が持てません。

しかしながら、自由が保障された国に生きている以上、その対価として自分の生活は自分で守らねばならない義務がありますから、こういった機会に知恵を出し、リスクを少しでも軽減できるよう考えていく必要があります。  天災は忘れた頃に必ずやってくると肝に銘じて。

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2014年4月23日 (水)

ホームチームのある幸せ

風林堂が相模原市に拠点を移して、間もなく10年になろうとしています。その前にも同じくらいの期間、別の場所で小売店舗を営んでいましたが、やはり工場と本社機能が根付いてからは、地元への密着度と、消費者への認知度が格段に上がったと実感しています。

また、私自身の地元への思い入れも、時間の経過と人脈の拡大などによってどんどん深くなり、色々な面で交流が広がることへ繋がっていると思います。そんな中で、最近ご縁があっておつきあいさせていただくことになった、地元のサッカーチーム「SC相模原」との話題です。

Jリーグの名でおなじみ、日本プロサッカーリーグは、創生期に10チームで始まった組織に、その後下部のJ2が生まれ、今年はさらにJ3というカテゴリーができました。地元の「SC相模原」は、今年からそのJ3リーグに加盟し、チーム力の向上と、上位リーグへの昇進を目指しています。

私はサッカー王国と呼ばれる静岡県清水市で育ちましたので、子供のころから地元代表校の試合に注目したり、Jリーグの開幕と同時に加盟した「清水エスパルス」をずっと応援してきました。しかし、やはりホームタウンに密着したチーム作りをという理念で運営しているJリーグですから、こうして長い間故郷と離れてしまうと、少し寂しい思いを抱いてしまいます。

そこに今年から、上位カテゴリーと直結したJ3リーグの誕生という嬉しい話題が届き、地元のチームがここに加盟するということで、一気に注目することになりました。おまけに、チーム関係者と接点が出来ましたので、応援熱も大分上昇してきます。

Sc1 前節ホームゲームにご招待いただいた際の写真。

2013年9月 9日 (月)

祝2020東京オリンピック

Tokyo_olympic2020_kaisai

昨日の日曜日は早朝から嬉しいニュースが飛び込んできましたね。2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催が決まりました。決定の瞬間を伝える映像には、とても感動しました。開催国として、クリアしなければならない問題がたくさんあると思いますが、前回の東京大会がそうであったように、多くの皆さんが前向きに捉えることで、国全体の勢いを増すきっかけになればと思います。

昨日の朝の第一報から、マスコミやインターネット上には、様々な反応が見られてとても興味があります。概ね好意的なご意見が多いのは勿論なんですが、中には、否定的なご意見も散見されます。それは、開催中規制が多くなるから個人的に迷惑を被るといったもの、震災後の被災地と福島の現状を踏まえて、今の日本にその資格があるかといったもの、長野がそうであったように、開催後に負の遺産を残す懸念があるというもの、あるいは現代オリンピックの有りようについて疑問を呈するものなど、多様です。実は私自身もどちらかと言えば誘致にネガティブな意見を持っていた一人です。その理由は、オリンピック開催が、その国の経済発展に一定の寄与をするのが間違いないだろうという観点で、日本のような経済大国が開催するより、これから伸びしろ大きいトルコのような国に譲るのが良いのではないかと考えていたからです。

決定した今の時点で振り返ってみれば、それぞれの否定的ご意見が、今回の招致のどの段階で対処すべきだったか答えは明かだと思います。だから、立候補の段階で踏みとどまらなかった以上、その後の態度と結果には次の三点しかあり得ません。
1)招致を断念して中途で辞退する 2)最後まで争って破れる 3)見事勝ち取る
日本国民の多くが3)の結果をポジティウに捉えているのは間違いないと思いますが、一方 3)より1)のほうが価値があると考える方もいらっしゃるかもしれません。それは少数派ながら貴重なご意見と思います。2)がベストと思われる方はほとんどいないと思いますが・・。

少なくとも個人の立場で、こうして自由に意見が言える国であることは素晴しいことだと思います。平等を標榜しながら、それが許されない国も沢山ありますし、中には日本の招致活動に対して、明かな妨害をした国がることも知られています。こうした点を心のどこかにおいて、これから7年の間、日本人の知恵と力を集めて、2020年大会を見事成功させることで、世界中に日本のすばらしさを伝えられたら、それが大会を誘致した最大のメリットではないかとも思います。

http://tokyo2020.jp/jp/

2013年5月23日 (木)

Wikiに寄付しました

皆さんはどのくらいの頻度でネット検索をしますか? 最近はタブレットPCや、スマートフォンの普及で、いつでもどこでもネット環境が手にはいるので、疑問があれば瞬時に検索という光景も多そうですね。

私もご多分に漏れず、調べ物といえばスマホでPCで、即ググってみるというのが習慣になっています。そして、そのとき一番頼りになるのがウィキペディアですね。膨大な知識が瞬時に無料で手にはいるというのは、ITの無い時代には考えられないことでした。本当にありがたいと思っています。

少し前のことですが、そのWiki上にカンパを募る広告が出たので、普段の感謝を込めて、少しだけ寄付しました。カードで決済を済ませると、程なく御礼のメールが。

ネット時代の新しい価値観に裏打ちされたシステムには大いに共感できます。これからも活用させてもらうこと間違いなし。

Wiki

Wiki_2

2013年5月14日 (火)

嬉し悲しいお話

先日、少し悲しいけれど良いお話を頂戴しました。
ここ数ヶ月の間、時々県外からいらして立ち寄ってくださったお客様が、数日前にまた来店され、その間の経緯をお話くださいました。
75歳のお父様が、風林堂の近くにある大学病院で長期の入院加療されていたそうです。重い病で全快の見通しが立たない中、本人は完治を信じて頑張っていら したそうですが、病状の悪化と共に食欲が無くなり、体力も落ちてこられたそうです。そんな中、風林堂のお醤油せんべいだけはお口に合ったようで、何とか食 べることができ、本人は喜んでいらしたとのこと。しかし、その療養中のお父様は、残念ながら最近お亡くなりになってしまったそうですが、生前最後に食べら れたおせんべいを、棺に入れてやりたいというご遺族のご意向で、小さな詰合わせを求めて行かれました。丁重な御礼の言葉を残されて・・。
食べ物を作り商う者として、嬉しさと悲しさが半ばするエピソードでした。

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2013年3月12日 (火)

2年が経ちました

おはようございます。手焼きせんべい風林堂 酒井浩です。

今日は3.11、あの大震災から2年が経ちましたね。今朝は朝から関連の話題がマスメディアを賑わせています。
震災発生当時、何か支援が出来ないかと思って作ったのが写真の「義援せんべい」です。
店頭、Web、併せて15万円ほどの売り上げになり、全額を日赤を通じて寄付しました。役立ててくれていると思っています。

P3300643

あの当時を振り返るととても暗い気持ちになりますが、それは情報化社会のおかげで、ほぼリアルに被災地の状況が世界中に伝わり、その悲惨さが共有されたという背景が大きいと思います。そして遠く離れた東北での出来事が、更に身近な恐怖として迫って来たのは、言うまでもなく福島第一原発の事故ですね。

あのとき、官房長官が伝える「ただちに人体に影響のある事態ではない」という言葉とは裏腹な憔悴してこわばった表情と、刻々伝わってくる原発の危機的状況。そして遂に建物が爆発して吹き飛ぶという映像を目の当たりにしたときには、過去に感じたことのない本物の恐怖を感じました。

もし放射性物質が大量に放出され、首都圏に死の灰が降ったらいったい日本はどうなるのだろうか? 一家を守るべき立場の自分はそのときどうすれば良いのだろうか? 身の回りのものをまとめて、とりあえずどこまで逃げられるのだろうか? そんなことまで考えました。

幸い首都圏に死の灰が降るという最悪の事態は避けられましたが、その後のパニックや、2年が経過してなお、遅々として進まない後処理の状況を伝え聞くに、やはり思うのは、この地震国に原発がいかに危ないかということですね。
常に電力の恩恵を受けている身であり、原子力だけはイヤだという子供っぽい理屈を述べるつもりはありませんが、何と言っても核廃棄物処理の問題が解決しないうちは、やはり別の道を模索するのが正しいのではと考えてしまいます。

新政権は原発再稼働に前向きと伝えられ、それは経済最優先の考え方に起因しているのだと思いますが、脱原発により一時的に苦しんだとしても、将来的な安心を今目指すほうが大人の選択ではないかという考え方は、少数派では無いと思いますが、いかがでしょう。

原発を含むエネルギーに関わる問題は非常に複雑多岐で、利害も多く簡単に答えの出せない事柄であるのは、世の中に溢れる論議を見ていれば容易に察しがつきます。しかし、家や土地を奪われ、その先の人生に道筋が見いだせないでいる、原発事故の被災者の状況が、もし我が身であったらと想像すると、どうにもやるせない気持ちになります。やはり何か答えを見つけるべき時期ではないのかなと思ってしまいます。

2012年1月17日 (火)

大人の新年会

おはようございます。手焼きせんべい風林堂 酒井浩です。

年があらたまってあっという間に半月が過ぎました。年始の忙し感も一段落、街中もなんとなくのんびりしてきたような気がします。

2012_01_17そんな昨夜、Facebookの友達何人かと、小さな新年会を催しました。場所は横浜中華街に近い洒落たバー。写真の左端に写っているメンバーが生粋のハマッ子、素敵なお店を沢山ご存じで、すべてセッティングして下さいました。 私はご指定の場所に出向いて、只呑んだり食ったりするだけでしたから、楽ちんさせていただき感謝です。

私の左隣の女性は、今回初対面だったのですが、何と小学校中学校の同窓生ということが判明、突然地元話が開花、港ヨコハマの夜に、遠く清水ミナトの話が飛び出すという思わぬ展開に、驚くやら懐かしいらで、楽しいひとときになりました。

私のFacebookデビューからほぼ一年が経ち、当初には考えられない交流がどんどん生まれてきています。年頭にいただいた嬉しいサプライズと、素敵な友達の皆さんの笑顔とおしゃべりに、気持ちのいい一夜を過ごせました。(ロケーションの関係で、とても暗い写真なのはお許しください)

2012年1月 6日 (金)

辰年に寄せて

おはようございます。手焼きせんべい風林堂 酒井浩です。

明日で松も取れ、お正月も終わりに近づきました。風林堂の工場は今日が仕事始め、年末年始工場が止まっている間に減ってきた製品在庫を補うところから始めます。

1012辰昨年は東北を中心とした大震災と大津波、そして原発の事故と、それらの影響が甚大で、日本全体が悲しみと苦しみに包まれました。遠く離れた私達の暮らしや仕事にも少なからず影響があり、今でもその余韻はじわじわ感じられます。

新しい年になったからといって、そんな状況が一変することはありませんが、日本人が気持ちの切り替えをするには、年の初めが一番の節目ですね。 震災の被害を忘れるわけにはいきませんが、この時期に新たな目標や計画を立てたり、気持ちに一区切り付けて心機一転するのに良い機会でもあります。

私達零細企業を取り巻く環境は、かなり厳しい状況が続いていますが、そんな逆風に負けぬよう、新しい挑戦をして行きたいと思う新年の仕事始めです。今年の干支、辰のように天高く舞い上がれたらいいなぁ。

2011年12月 2日 (金)

珍しい食材探検

おはようございます。手焼きせんべい風林堂 酒井浩です。

師走に入った途端に、強烈に冷え込んで来ました。山間では、冷たい雨に雪が混ざるかもしれないという予報が出ていますね。まだ慣れていない身体には堪えそうなここ数日です。

エスニック
今日はちょっと珍しい写真をご覧に入れます。風林堂から車でおよそ30分ほどのところにある外資系の食材専門の問屋「メトロ」でのスナップです。お煎餅作りに使う食材は、昔からつきあいのある業者から仕入れることが多く、問屋から調達することはあまりないのですが、食用油や香辛料など、最近始めた製品に使う材料や、一般的に流通している製品などで安価なものは求めに参ることがあります。

そんなとき店内を散策して、自分たちの食卓用に物色するのがこんなコーナーの食材です。基本的に業務用パッケージがほとんどなので、容量が多く家庭向きではあrませんが、普通では手に入りにくい調味料なども多くありますから、楽しい買い物ができることもあります。 右の方にちらっと写っている。インドネシアの代表料理「ナシゴレン」ソースは、我が家の常備品になっています。

辛いものが苦手な私ですが、タイやインドの珍しいカレーなどは大好きなので、ときどき求めては汗をかいています。

2011年10月17日 (月)

秋の小旅行準備中

おはようございます。手焼きせんべい風林堂 酒井浩です。

夏が戻ったようにやや蒸し暑いこの一両日です。今日は今年最後の夏日が予想されていますが、さて?

飛騨
私は明後日より一泊の小旅行に出かけて参ります。長いお付き合いの先輩知人二人との男旅ですが、行き先は飛騨高山、飛騨古川、そして可能なら五箇山の合掌造り集落まで行ければと思っています。そろそろ見頃ではと予想している紅葉も楽しめるかなと、期待も高まります。

その準備として、古川の役所に観光関連資料を請求したところ、写真のように沢山送って下さいました。手描きのメッセージまで添えて下さいましたので、ちょっと感動です。歴史を有する街にとって、観光は産業の大きな柱なのだと思いますから、こうして自治体の皆さんもホスピタリティには、力を入れているのだなと、あらためて感じました。

良い旅になりそうな予感がします。

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手焼きせんべい処相模原風林堂のおせんべい日記

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